過去形が気になる話と精神障害。

これは学生時代に雇用関係のあった店の長が言っていた事で私自身この事が気になるのがとても嫌なのだが(面白味を丸洗いした明石家さんまみたいな人だった)接客業でありがとうござい″ました″と言う過去形は使うなと、過去形を使えばお客様は商品を買い終わったら自分は要済みかと思うと言っていて確かにその通りだとその時は思った。
しかしこの人は質の悪い浪速の商人のような態度で客に接し、質の悪い接客をする事も多いので苦虫を噛み潰したような気持ちで了承していた。
何故 ありがとうござい″ました″が気になるのが嫌かと言うとありがとうございましたと言う接客業の人間なんて幾らでもいるのだ。

実際本来の私自身であればその事について気になってはいないはずだ。
しかしあの男が私の上の立場で語り尚且つ私はその話に納得したので今でも気になる。

どうでも良いと思うのに過去の嫌いな人間の言葉のせいでそれが気になるのがすごく嫌だ。
でも嫌でも染み付いているものなので、例えば私は″お疲れさまです″と言うが他の人は″お疲れさまでした″と言ったりする。
お疲れさまでしたと言うと、私みたいな人間は″お疲れさまでした″と過去形にすることで、もう関わりたくないと言う意志表示かとも思ったりするのだが、その人は口癖として誰にでも″お疲れさまでした″と言っていたりする。
結局不愉快な人間と言うのは相手の心を邪推してそれが事実だったり思い込みだったりするものだから、挙げ句疑心暗鬼に疑心暗鬼を重ね精神的な病人になってしまうことも割りとよくあるのではないかと思う。
人を邪推する人間が気味の良い人間な訳がなく、意外と精神障害者と言うものは人の心を邪推した上で陥る不愉快な人間の最終的な挙句の果てなのではないかとも思う。

精神障害にも色々あるが、仮に人から攻撃を受けていると錯覚している病人がいたとして、人から攻撃を受けていると錯覚するに至った過程には必ず何かきっかけがあるはずだ。
そしてそのきっかけは恐らく彼が人の心を邪推するような気味の悪い人間で、そのせいで実際に迫害を受け人間は全て自分に敵意を抱いていると考えるようになったとも考えられて、どちらにしろ妄想を伴う精神障害を抱えた人間なんて録なものじゃないと私は思う。
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